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2014年1月14日 (火)

石川啄木伝 東京編 224

 そしてまた「茂吉イズム」というのを書こうとする。啄木の「弱点」の「頑強」さに舌をまくしかない。昨夜のこともあり、金田一が『独歩集第二』をもって部屋に来てくれる。かれが部屋を出て行くと「mata iya na kangae-goto wo tsuzukenakereba naranakatta.」。
 「嫌な考えごと」とは何か、おそらく並木に返すべき金のことであろう。「Sha ni wa Zenshaku(前借)ga aru si ……………」がつづいているから。「soshite, kakenu !」
 今日は「金がない」にはじまって「書けぬ」にひとまずおちつく。が、再び書こうとする。しかしだめだ。
  Naki-tai ! Shin ni naki-tai !
    “ Danzen Bungaku wo yame yo. ”to hitori de itte mita.
    “ Yamete, dosuru ?  Nani wo suru ? “
    “Death !
(死!)” to kotaeru hoka wa nai no da.
 啄木は文学(=小説)か死かという二者択一から抜けだせない。「書けない」という事実の直視はかれにとって生存理由の崩壊に直結しているとの妄念から抜けだせないからだ。
 苦しまぎれに田舎への逃亡を考えることで、深刻な問題の追求を回避する。「Itsuso Inaka no Shimbun e de mo iko ka !」「Shikashi……」とすぐ理由にならない理由をつけてその線をうち消す。田舎へ行っても家族を呼ぶ金は容易にできないから、……と。
 「Sonnara, Yo no Dai-ichi no Mondai wa Kazoku no koto ka ?」 こう問いをたてるが、再び問題を回避しすりかえる。「To-ni-kaku Mondai wa Hitotsu da.  Ika ni shite Seikwatsu no Sekinin no Omosa wo kanjinai yo ni naro ka ? ――kore da.」
 なにが「とにかく」で、何が「これだ」だ。ローマ字日記そのものが逃げ場になっている。

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