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2014年2月 8日 (土)

石川啄木伝 東京編 236

 4月27日
 翌日、きのう浅草からの帰りに感じていた悲しみは何だったのかを分析する。それは「3 yen no Kane wo munashiku tsukatta to yu koto de atta…….」。
 もうさっさと「今の自分は小説が書けない」と認めてしまえばよいのだが。そうすればこんな悲しみは味わわなくてもよいのに。しかし認めると、樗牛の呼びかけ(「文明批評家としての文学者」)に応えて起ち上がった15歳以来の自分の全否定となる。この8年間のなりふりかまわぬ奮闘が水泡に帰す。
 いやそれよりも何よりも、並木に返す金どころか下宿に入れる金(つまり食と住)をどうするか。昨日遣わなくても不足していた金、それを3円も無駄遣いしたのだ。金遣いに関しては非常識な啄木であるが、当面の苦境は非常な苦境ではある。なにしろもう借りれる友人知己からは借り尽くした。もう誰もいないはずだ。
  Sha ni itte mo 4 ji goro made Yo wa nani to naku Fuan wo kanjite ita.  Sore wa Raigetsu-bun no 25 yen wo Zenshaku shiyo-shiyo to omotte, Shita made iki nagara iidashi-kanete ita kara da.  4 ji ni wa Sha no Kinko ga shimaru.  Kan kan…………to Atama no ue no Tokei ga 4 ji wo utta toki. Yo wa ho’ to iki wo tsuite anshin shita.

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