« 石川啄木伝 東京編 260 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 262 »

2014年3月30日 (日)

石川啄木伝 東京編 261

 概念の形成過程は遠く盛岡高等小学校、盛岡中学校時代の親友伊東圭一郎との出会いにまでさかのぼりうる。啄木の文明批評家としての力量は高山樗牛と出会った中学時代から片鱗を見せはじめた。日露戦争を契機に書きはじめた時評、文明批評、天才主義を振りかざして書いた力作「古酒新酒」等、「詩人」になって以後高踏的ではあるが評論家としての力量を発揮した。釧路新聞時代には視野がグローバルになりはじめ、すぐれた数々の論説をものした。
 上京後その資質も力量も当時の文学者の小世界に閉じ込められることになった。というよりも啄木自らが、売れる小説を書くため、いい小説が書けないため、閉じこもってしまったと言うべきであろう。
 啄木を大きな世界に引き戻したのは、東朝への就職であった。3月24日起稿の小説断片「島田君の書簡」はその一証左である。
 そして4月20日の小説断片「坂牛君の手紙」で「国民生活(ナシヨナルライフ)」に至ったのである。これは日本全土で、そこに住む人々すべてによって、営まれる生活の総体である。ここには当然政治的生活、経済的生活なども含まれる。

« 石川啄木伝 東京編 260 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 262 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533861/59335786

この記事へのトラックバック一覧です: 石川啄木伝 東京編 261:

« 石川啄木伝 東京編 260 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 262 »