« 石川啄木伝 東京編 266 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 253 »

2014年3月12日 (水)

石川啄木伝 東京編 252

  Kyo kako to omoi tatta no wa, Yo ga genzai ni oite tori-uru tada hitotsu no Michi da. So kangaeru to kanashiku natta.  Kongetsu no Gekkyu wa Zenshaku shite aru.  Doko kara mo Kane no hairi-yo ga nai.  Soshite Rai-getsu wa Kazoku ga kuru…………………
 今日も全く同じ発想によって「書かねばならぬ、書こう」そして結果は「書けない」だ。しかしたしかにこれほどの窮境はかつてなかったかも知れない。このローマ字の日記をつけ始めた時、すでにすべてがどん詰まりに来ていたのだった。それでもしぶとく金を手に入れ、女を買いもした。しかし「今月の月給は前借してある。どこからも金の入りようがない」のは確かだ。もっとも小説を一時断念すればいろいろ方途もあるはずだが、それは今の啄木にはまだ論外なのだ。
 5月7日
 今日も創作に挑戦。岩本たちの下宿で、おしゃべりしては、それでも「宿屋」を10枚ばかり書いた。この小説断片には「小樽駅頭の所だけで、後が伝はつてゐないが、題目から見て旭川を中心に述べられるのであつたらう、完結しないでしまつたのは惜しいことである 」。白石社長の「青き寐顔 」を軸に構想しようとしたのであろう。「疲労」を書いた国木田独歩の技倆があれば、傑作が生まれる好材料にみちたテーマなのに、惜しいかな今の啄木には猫に小判だ。
 「宿屋」は中断、「一握の砂」を書き出す。「足跡」のつづきを書こうとするもののようである。しかし構想もなく書き流してゆく。自己告白のようで、「私の卑怯なる性質」にも「白地(あからさま)に見ねばならぬ」「我が姿」にも迫らない。
 5月8日からの5日間は日記を書かない。13日になって6日分をまとめて記す。6日間も何をしていたのだろう。

« 石川啄木伝 東京編 266 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 253 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533861/59278665

この記事へのトラックバック一覧です: 石川啄木伝 東京編 252:

« 石川啄木伝 東京編 266 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 253 »