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2014年3月20日 (木)

石川啄木伝 東京編 256

  5月14日
  Sha wo yasunde iru Kutsu mo narete shimatte sahodo de mo nai. Sono kawari Atama ga Sanman ni natte nani mo kakanakatta.  Nan da ka Iya ni Heiki ni natte shimatta. 
 「何も書かなかった」とは、意識をなくした戦士のうわごとのようである。ついに、ここでこそ精根尽きた、と言ってよいかも知れない(ただし、やはり、一時的に)。
   Ni-do bakari Kuchi no naka kara obitadashiku Chi(血) ga deta.
 女中はのぼせだろうと言い、啄木自身もさほど気にしていない。
 5月15日
 気息奄々の啄木に1本のカンフル剤が打たれる。
    Kyo no Shinbun wa Hasegawa Tatsunosuke shi (Futabatei Shimei) ga Kicho(帰朝) no
To(船),Fune no nakade shinda to no Ho wo tsutae, kisotte sono Toku wo tatae, kono nani to naku erai Hito wo oshinde iru.
 東京朝日新聞の池辺三山の談話では、二葉亭四迷の志は文学ではなく政治経済にあったこと、「其面影」や「平凡」を書いても怏々とし、朝日新聞の特派員としてロシアに行けることになって初めてうれしそうであったこと、などが語られている。
 啄木は1908年1月には『其面影』を、4月には『平凡』を読んでいる。同年7月号の「趣味」で二葉亭の「送別会席上の答辞」も読んだと思われる。

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