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2014年3月22日 (土)

石川啄木伝 東京編 257

 『平凡』の末尾には「文学上の作品にはどうしても遊戯分子(ゆうげぶんし)を含む。」などのくだりがある。「答辞」には「文学は私には何(どう)も詰らない、価値が乏しい。で、筆を採つて紙に臨んでゐる時には、何だか身躰に隙があつて不可(いけない)。遊びがあつて不可。そうも恁(か)う決闘眼(はたしまなこ)なつて、死身(しにみ)になつて、一生懸命に夢中になる事が出来ない。……国際問題……これならば私も決闘眼になつて、死身になつて、一生懸命に没頭して了へえさうである」、あるいは「私は文士ではない。それを文士と見られるのが実は心外で、私の自から見てゐる様に世間からも認めて貰ひたい」といった箇所がある。これらは啄木の印象に残っていたとみられる。
 啄木は二葉亭の死が気になって夜の11時頃金田一の部屋に行き語り合う。二葉亭が文学をきらい、文士と言われるのをきらったことを、金田一が理解できないことに失望する。
 この時期の啄木が、二葉亭の人物に惹かれ、共感する要素は多分にあったと思われる。まず二人とも文壇内部や身辺の世界ばかりを見てくらすには、あまりに広い視野と遠くを見る目を持っていた。二人とも政治や経済になみなみならぬ関心を持っていた。二人とも行動的であった。
 そして二葉亭の「文学嫌い」という点は、啄木が自己にひきつけて考えたとすれば一見共通しているのであった。二葉亭は立派な小説が書けるのに、「文学嫌い」である。啄木は書けないから今は「文学嫌い」である。結論だけは似ている。

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