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2014年3月24日 (月)

石川啄木伝 東京編 258

 5月16日
   Yugata Kindaichi kun ni Genzai no Yo no Kokoro wo katatta.  “ Yo wa Tokwai Seikwatu(都会生活) ni tekishi nai.” to yu koto da.  Yo wa majime ni Inaka-yuki no koto wo katatta.
      Tomo wa naite kureta.
   Inaka ! Inaka ! Yo no Hone wo uzumu beki tokoro wa soko da.  Ore wa Tokwai no hageshii Seikwatu ni tekishite inai.  Issho wo Bungaku ni !  Sore wa dekinu. Yatte dekinu koto de wa nai ga, Yo suru ni Bungaku-sha no Seikwatu nado wa Kukyo na mono ni suginu.
 わずか1年前、田舎(北海道)の新聞なんかにいられるか、東京だ東京だと熱に浮かされて、上京したのだ。東京で作家になれなかったから(二葉亭のロシア行きをヒントに、しかし似ても似つかないのだが)田舎行きをかんがえるのである。小説家失敗を、今や率直に認めなくてはならないのである。しかし啄木はそうは言わない。「予は都会生活に適しない」からだと!そしてさいごの文句がいい。「一生を文学に!それは出来ぬ」と負け惜しみ、「やって出来ぬことではないが」とまた負け惜しみ、二葉亭がいったように「要するに文学者の生活などは空虚なものに過ぎぬ」とまた負け惜しみ! 三段構えの負け惜しみにはイソップのキツネも黙るだろう。
 啄木の弱点の頑強さ、自己の正体の直視だけはどうしてもしないこのねばり強さ、精神力、裏側から見ていて驚嘆のほかない。これだけ事実をみとめようとしない啄木はどうやって、小説の、より正確には「天才」の悪霊をふりおとすのであろう。

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