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2014年3月10日 (月)

石川啄木伝 東京編 266

 こうして5月も過ぎた。6月の日記は
「JUNE./ TOKYO ./ 1 TH, TUESDAY.」を3段に記して、堂々とはじまる。ちなみに「1TH」は「1ST」の誤りであろう。
  Gogo, Iwamoto ni Tegami wo motashite yatte, Sha kara Kongetsu-bun 25 yen wo Maegari shita. Tadashi 5 yen wa Sat? shi ni haratta no de Tedori 20 yen.
 6月は31日間ある。このうち啄木はたった1日(5月1日)しか働いていない。比較的よく働いた4月分の給料は4月はじめに18円前借し月末に7円を受けとった。そしてたった1日しか働いていない5月分の給料25円は5月1日に前借した。今日また前借したのは、6月分である。6月は1日も出社しないであろう! 
 啄木の天才を開花させる上での恩人はたくさんいる。節子は妻なので別格としよう。
 金田一京助、宮崎郁雨、土岐善麿は特筆されるべき恩人であろう。しかしもう1つ、これらの人のほかに東京朝日新聞社の名を逸することはできない。とくにこのたびの言語道断とも言うべき欠勤があってもクビにならなかったのは、佐藤北江の庇護があったからであろう。これからも北江を初め社会部長渋川玄耳、主筆池辺三山、杉村楚人冠、弓削田精一ら、そして編集部校正係の人たちにお世話になるであろう。それはしかし一方的なものではない。啄木の卓抜した能力、傑出した勤務内容、愛すべき人柄が人々の庇護・愛護・敬意を誘ってやまなかったことにもよる。ともかく、この1910年晩秋から1911年6月にかけて創造される啄木文学の豊穣は、東京朝日新聞社なしにはありえない。

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