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2014年4月 4日 (金)

石川啄木伝 東京編 263

 

さて、「ローマ字日記」の世界にもどろう。この世界はもうほとんど終わりに近い。5月18日から2週間記入がない。
 しかしこの間に評論(通信文)「胃弱通信」(全5回)を書いて岩手日報に送っている。それが5月26、27、28日、6月1、2日の日報に載った。この評論には前書きがあって、「……小生は腹の具合を害ねて籠居(ろうきよ)を余儀なくされ居候。仰臥連日、天井板も数へ尽しての上に、つくづく思ひ知り候ふは日頃御無沙汰の罪。紙とインキを枕頭に引寄せて取敢(とりあ)へず此の企てを、『胃弱通信』とは偖(さ)ても苦しき言草(いひぐさ)に候哉。余白のうめ草にでもお使ひ下され候はば幸甚この事に御座候。二十日夜」とある。
 定期的な通信文として送ったものではないので、「二十日夜」までに5回分全部を書いた、と思われる。そして「二十日夜」までの2、3日胃をわるくしていたのはほんとうらしい。
 通信の内容は盛岡振興策である。当時東京朝日新聞は5月6日から16日までの(5月10日を除く)10日間に「東北振興策」と題して東北6県の各知事の談話を載せている。この特集が終わった翌日が「“ National life ! ” sore da.」と記した5月17日である。

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