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2014年4月 6日 (日)

石川啄木伝 東京編 264

 つまり「国民生活(ナシヨナルライフ)」の発見→二葉亭の死→田中喜一談話という過程を経て獲得した「“ National life ! ” sore da.」という見地。この見地を東朝記事にヒントを得て、実践に移したのが「胃弱通信」であると言えよう。
 「田舎新聞」とのつながりの強化、なにがしかの原稿料稼ぎ、といった思惑もあったであろう。これまでは小説でしか副収入の道を考えようとしなかったのであるから、この変化は小さくて大きい。
 この年秋以降の啄木評論の季節のまえぶれである。
5月31日
  Ni-shukan no aida, hotondo nasu koto mo naku sugoshita.  Sha wo yasunde ita.
 ひどい社員である。それにしても「胃弱通信」の後、なにをやっていたのか? 家族上京を本気で迎える気なら、クビになる事態はなんとしても避けなければなるまい。それは家長としての最低の義務だ。突き詰めて考えているのは小説を書くことだけ。家族はこの段階になっても、小説の泥沼に溺れている自分にすがりついてくる恐るべき重荷だ。「天才」という「悪霊」はまだしっかりと取り憑いている。
 もちろん「胃弱通信」以後も小説を書けるはずがない。

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