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2014年9月 8日 (月)

石川啄木伝 東京編 266

さて、20円の行方はどうなったか。岩本の下宿へ行って清水のと2人分13円を払ってやる。それから岩本と浅草に行き活動写真を見て西洋料理を食って、岩本に1円小遣いを与えて別れる。それから若い子供らしい女と寝て、つぎに例の小奴に似た花子と寝る。(Naze ka kono Onna to neru to tanoshii. これが啄木最後の浅草の夜となる。)雑誌5~6冊買って下宿にもどったときは、残金40銭。5月13日までのような痛切さや緊張はない。虚脱感または倦怠感のただよう記述である。
 日記としての日記は事実上この6月1日で終わる。啄木にはもう日記を綴るエネルギーがない。
 ローマ字日記の最後は
       HATSUKA KAN.
   (TOKOYA NO NIKAI NI UTSURU NO KI.)
                         HONGO YUMIICHO 2 CHOME
                                 18 BANCHI ARAI(KINOTOKO)KATA

と題する短い記録である。6月16日朝までのことをまとめて書いてあるが、それでは「二十日間」にはならない。上記住所に引っ越したのは6月16日である。表題の下にこの住所が書き込まれているということは、この記録を新井こう(床屋喜之床)方の二階で書いていることを示す。
 とするならば、啄木は6月の21日ころに6月2日からの20日分をまとめて記録しようとし、16日朝のことまで記して記入を打ちきったのであろう。
   Kami ga bobo to shite, mabara na Hige mo nagaku nari, Ware-nagara iya ni aru hodo yatsureta.  Jochu wa Haibyo-yami no yo da to itta.  Gezai wo mochii sugite yowatta Karada wo 10 ka no Asa made 3 jo-han ni yokotaete ita.  Kako to yu Ki wa do shite mo okoranakatta. Ga, Kindaicui kun to Giron shita no ga En ni natte, iro-iro Bungaku jo no Kangae wo matomeru koto ga dekita.
 精神だけではない、身体の方もまた衰弱しきっている。まるで幽鬼のようである。それでもまだ「書こうという気はどうしても起こらなかった」と記す。6月1日に雑誌を5~6冊買っていることを考えあわせるなら、啄木はまだ「小説」と「天才」に執着している!
 われわれは昨年5月以来の悪戦苦闘を延々と見てきた。ローマ字日記は悪戦の極みであった。啄木にとっては天才意識がいかに抜き去りがたいものであるか、われわれはほとんどあきれてしまうほどである。しかし啄木の頑強強靱な闘いに深い感動をも抱いてしまう。

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