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2014年9月20日 (土)

石川啄木伝 東京編 272

 次に引くのは節子が7月5日付けで盛岡にいる妹ふき子、孝子宛に出した手紙である。摘録する。  
  すまないすまないとは思つて居るけれども、どうも筆を取る気にはなれない、と云ふのは上京以来頭の痛まない日はない。(盛岡でもたいてい痛かつたけれどもまぎれて居たのだ)今はまぎれるものはない。夜になれば浅草とか、銀座通とかに行かうと云ふけれども、決してこんなことにだまされてよくなる頭ではない。其れに盛岡でも御ぜんたべられないと云ふたが今だに一ぜんか少しもまして食べるだけだ。きつとお前たちが見たなら驚くだらうと思ふ。元気はないし、ひどくやせ、かぎりなくねむかつたり、かぎりなく目がさめて、ねむられなかつたりする。多分神経衰弱だらう。こればかりならまだいいが、右の胸が肩からあばらの処まで痛い。これはもう一週間にもならう。一日まして強くなる。呼吸するにもいたい、はじめは夜寝ると痛かつた。少しだから気にもしなかつたが、今はよほどくるしい、なんでも一ね寝て起きると何とも云へない程である。さあそうなると、どうしてもねむれない。し方がなく夜具につつぷして寝る事もある。ああこう云ふふうでいこうものなら、私の命も長くあるまひと思ふよ。……(京子が)あばれるので何も書かれないと云ふてにがい顔ばかりするし、おつ母さんはお二人にお渡し申すつもりで来たからと云ふて少しも見てはくれないし、し方なしに外をつれてだまして居ます。私には少しもひまがない、ほんとうにかみ結ふひまさへ得ることの出来ないあはれな女だ。宮崎の兄さんはよく知つて居る。不幸な女だと云ふて深(ママ)身の同情をよせてくれる。内のお母さんくらいえじのある人はおそらく天下に二人とあるまいと思ふ。……ほんとうに盛岡からこなければよかつたと思ふよ。東京はまつたくいやだ……

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