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2014年9月22日 (月)

石川啄木伝 東京編 273

 いったんここで切って内容を見てみよう。
 節子の身体の不調はかなり深刻である。函館生活の辛酸が察せられる。夫は上京したての妻に気遣い浅草や銀座に誘うが、「こんなことにだまされてよくなる頭ではない」。どうやら「肋膜炎」らしい 。肋膜炎(胸膜炎)には結核性のものも多い。「私の命も長くあるまひと思ふよ」にはぎくりとする。不吉な言葉だ。
 夫は相変わらず「書く」ことにこだわっているらしく、京子が「あばれるので何も書かれないと云ふてにがい顔ばかりする」と言う。体調不良の節子を助けようとする夫でもないし、姑でもない。自らを不幸と思えば思うほど、反射的に出てくるのは「宮崎の兄さん」だ。郁雨の歌々に詠まれた関係を思えばあまりにも自然なことだが。
 「内のお母さんくらいえじのある人はおそらく天下に二人とあるまいと思ふ」は掛け値なしと思われるが、カツも同様の反論をするかもしれない。
 「ほんとうに盛岡からこなければよかつたと思ふよ。」父親の忠操は士族の出でもあり、子供たちに厳格な人であったが、母トキは(この人も士族の出であるが)「性質は非常におだやかで、……子どもに対しては、何事にもかかわらず物静かに教え」る人であった。忠操との間に三男六女をもうけた。節子は長女で初子であったから「父母はもちろん祖父母、おばたちからもかわいがられた」。
 そのうち年上の三姉妹、節子・ふき子・孝子は非常に仲がよく、互いへの思いやりに満ちていた。母はいざとなったら節子を呼び戻す覚悟ができていたらしいし、妹たちもその時は協力を惜しまぬ気持を持していた。

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