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2014年9月24日 (水)

石川啄木伝 東京編 274

 こうしたことを十分にふまえておかないと、これから2度勃発する節子の家出騒動の際の啄木の狼狽ぶりと堀合家への異常な警戒は理解できない。節子にはいざとなったら帰るべき実家があったのだ。これを示すのが「ほんとうに盛岡からこなければよかつたと思ふよ。」である。
 そしてこれに続くのは「東京はまつたくいやだ」。6月19日の手紙の「東京はいやだ」に「まつたく」がついている。ここではしかし「いやだ」の重点は文脈上姑にある。
 ところで、6月19日の手紙と7月5日の節子書簡を読むと、ある疑念が生じてくる。啄木夫婦の性生活の問題である。この稿を書き継ぎつつ、このような問題に踏み込むことになろうとはつい最近までわたくしは思わなかった(2012年10月4日現在)。しかしこの問題抜きにしては家族上京の6月からこの年秋の終わりまでの啄木の思想と文学の道筋をたどることはできない。敢えて踏み込む。
 6月16日家族と一緒に上京した宮崎郁雨は1週間位啄木宅に滞在したらしい。もちろん啄木夫妻は真心籠めて歓待したであろう。  
 若い夫婦が1年ぶりで逢ったのならその日から性生活がはじまるのが常態であろう。しかし郁雨の滞在した期間はそれはなっかったであろう。郁雨と啄木が同室で寝たことであろうし、郁雨の同居している時のセックスは節子が拒否したであろうから。

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