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2014年10月 6日 (月)

石川啄木伝 東京編 280

 時間さえあれば金になる小説が書けるのだが、今月は間に合わなかったと言わんばかりだ。大嘘だ。ついさっきの文でも「書けぬ」と言っているではないか。『あこがれ』出版頃までの「信念」に基づいて借りていた昂然とした心の姿はまったくない。郁雨の啄木の才能への信頼と寛容な性質とにつけ込んでウソをついてでも金を恵んでもらおうとする。さもしい根性が透けている。
 そしていよいよ手紙を最初から狙っていたツボに落とす。
  今二十円あると今月はそれで済む。来月からはその月の月給でどうやらゴマカシテ行けるのだ。かう面(ツラ)の皮が厚くなつては誠に自分で自分に恥かしいが、これを最後のお頼みに叶へて貰へまいか。何しろ何から何まで現金買ひなんだから仕末が悪い。
 「恥かしい」「お頼み」にはおまけが付く。
  今までの様子で行くと人間が食ふだけにはサツパリかゝらぬもんだ。人を一人や二人とめて置いても三円か四円しか違はぬよ。屹度。兎も角八月は岩崎君をよこすべしだ。そのうちに君フアザーへ素的に念を入れた礼状をあげようと思つてる。
 さんざん持ってまわって、金が無いので20円恵んでくれと言い、その言葉の下から「人を一人や二人とめて置いても三円か四円しか違はぬよ」だから岩崎正を上京させろとは、どんな神経をして言っているのか。常人の感覚ではない。
 さらに末文の嫌みはどうだ。相手によっては、潜んでいる「天才」意識がその嫌らしい(この期に及んでは嫌らしい)顔を見せる。

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