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2014年10月22日 (水)

石川啄木伝 東京編 288

 五つ目、責任と直視の回避
 僧一禎は本山に納めるべき宗費を流用した。そして住職を罷免された。しかもその113円を弁償できないままに、啄木の提案にしたがって復職運動を始めた。復職の基本条件は113円の宗費をまず納めることであろう。そんな金の入りどころは無い。それでも復職運動をしたということは、自分が流用した金を檀信徒にふたたび出してもらおうという魂胆であるとしか考えられない。前住職としての責任の念がまったく感じられない。郁雨のいう「寺育ちという特殊な生態の生んだ自助心の希薄」である。
 責任感の希薄は、自己省察の希薄と表裏をなす。僧としての一禎は檀信徒の生活用心として修証義の内容を説いているのである。説教と自身の所行の乖離はあまりにはなはだしい。しかもその乖離を誠実に直視するならば、説法などできないはずのものである。一禎は自己の真実を直視できないし、しない人であった。しかし檀信徒の前でありがたい教えをもっともらしく、おそらくとても上手に、説く人であった。こうして自分自身の本質をありがたい教えの陰に隠すのである。

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