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2014年10月26日 (日)

石川啄木伝 東京編 290

 さて、その啄木はこうした父親譲りの弱点を「ローマ字日記」以後の7月9日現在でも克服できていないのである。
 今後いかにして、肉を抉るような激痛に耐え、魂の変革を為し遂げるのであろうか。そこにはどんな力がはたらくのであろうか。
 啄木は「ローマ字日記」にみたように凄惨なまでの悪戦苦闘をおこなったのであった。それでも自己変革すなわち自己の直視ができないでいる。だれかが何かが啄木を根底から批判しなければ、啄木は変われない。批判はその金銭感覚・生業(会社勤め)の軽視・家族扶養義務の軽視・「天才」意識に向けられねばならない。啄木のこれらの根源的弱点を批判できるのはだれか。妻節子しかいない。
 節子の上京以後4か月にわたる批判とそれによって変革されて行く啄木とを見て行こう。

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