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2014年10月28日 (火)

石川啄木伝 東京編 291

 批判は郁雨が東京を発ったと思われる6月の下旬からはじまった。いやすでに函館にいる時にはじまっていた。節子の夫へ愛と信頼は失せ、それは郁雨に移ってしまったのだから。この責任が啄木にあることはすでに見た。啄木にとって致命的な批判がひそかに行われていたのだ。
 そして郁雨の離京後の7月9日現在も節子は夫の性的要求拒否の形で「批判」しているらしいこともすで見た。節子は身心の不調を理由に拒否したのであろうが、その裏側には郁雨への愛と「貞節」が動いていた。これがあるから夫の要求に対する拒否には生理的な拒否感覚が伴っていたと思われる。
 啄木はたじろぎ、不審をおぼえ、怒り、金さえあれば浅草で女を買おうとさえした。「ローマ字日記」の啄木と同じである。
 しかし、妻の強い思いがけない「批判」は、啄木に自己批判を促さずにはいなかった。俊敏な啄木である。妻の「批判」が自分の何に向けられているかは具体的に分かって行った。生業(会社勤め)の軽視・家族扶養義務の軽視はすぐに思い当たっであろう。結婚以前からそのことで節子にどれだけ辛い思いをさせてきたことか。啄木自身この4月15日「ローマ字日記」に書いた。「節子はまことに善良な女だ。世界のどこにあんな善良な、やさしい、そしてしっかりした女があるか?」と。また書いた「人の妻として世に節子ほどかあいそうな境遇にいるものがあろうか !?」と。

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