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2014年11月26日 (水)

石川啄木伝 東京編 305

 20世紀初めの東北の田舎小学校を舞台とし、主な登場人物は教師4人と乞食中学生。
二つの小道具が光る。「五十銭」という仕掛け。この仕掛けが書かせた「葉書」。「葉書」をめぐって成立した小心理劇。この小説はこのように捉えることができよう。

 「葉書」に見られる石川啄木の自己変革を確認しておきたい。
 「雲は天才である」と同じ構図の小説であるのに、共通点はなきに等しい。
 あの作品のタイトルの意味は「雲(=天上の住人=詩人=我が輩)は天才である」なのであった。「葉書」ではその天才意識と天才主義がまったく消えている。微塵も無い。「汗に濡れつゝ(八)」ではまだこだわっていた「浪漫的(ロマンチツク)」はフィクションの形ではあれ、ついに投げ捨てられたのだ。フィクション=小説の形でさえ、そぎ落とすのに七転八倒する啄木をわれわれはいやと言うほど見てきた。それがかくも淡々と為されたことにむしろ驚きを禁じえない。

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