« 石川啄木伝 東京編 310 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 312 »

2014年12月10日 (水)

石川啄木伝 東京編 311

 節子に対するこれまでの自己の8年間と無責任とを徹底的に直視し自己批判することであろうか。「国民生活」の「真面目」を直視する立場を獲得することであろうか。
 思想家としての石川啄木は今思想上の立場を喪失している。天才主義は解体し、「天才」意識は清算された。自然主義のエキス(自己凝視・自己告白・実生活表現)はもう摂取した。ナショナルかつグローバルな視野を持ち、歴史感覚にも優れた啄木にとって自然主義はあまりに狭く・低く・鈍である。
 取って代わるものはまだ無い。これこそがいまの啄木に遺された最大の課題である。
 夫のそうした変化・自己変革にも節子の心は動かされなかったようだ。

« 石川啄木伝 東京編 310 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 312 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533861/60758858

この記事へのトラックバック一覧です: 石川啄木伝 東京編 311:

« 石川啄木伝 東京編 310 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 312 »