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2014年12月12日 (金)

石川啄木伝 東京編 312

 この間に、木下杢太郎・北原白秋・長田秀雄の三人がパンの会の機関誌「屋上庭園」(季刊)を創刊した。
 表紙は黒田清輝の二色刷の少女(?)の裸体画、目次には北原白秋の詩「雑艸園」「瞰望」「露台」が見える、杢太郎の戯曲「温室」詩「六月の市街の情緒」「五月の情緒」がある、長田秀雄の詩「未だ生れざる帝国劇場」散文「文楽座印象記」がある。
 「……雑誌そのものが既に美術品である。そこには絵画と文学とのハアモニイがあって、これを文章だけで紹介するのは殆ど困難だと云つてよい」(野田宇太郎)
 発行の日付けは「明治四十二年十月一日」。一〇月一日前後に、啄木のところにも一部届いたことは疑いない。一日かその前に届いたのであれば、さっそく目を通したであろう。目を通したときの衝撃は察するにあまりある。ますますかれらと遠く離れたが、それにしてもなんというこのたびの達成か。
 二日以後に届いたのであれば、それどころではなかったであろう。どちらにせよ、二日以後「屋上庭園」はしばらく啄木の関心外に吹っ飛んでしまう。
 一〇月二日、節子は京子をつれて家出し盛岡に帰ってしまったのである。八日後(一〇月一〇日)新渡戸仙岳に宛てた啄木の手紙には、生々しく痛々しいその間の事情が書かれている。

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