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2014年12月20日 (土)

石川啄木伝 東京編 316

 盛岡中学5年生以来8年間の啄木の心を支えたのは天才意識であった。
 今日以後の啄木の心を支えるのは直視の精神である。啄木には自分や他者の心理のひだからナショナルな、果てはグローバルなことどもまで視る目を持っているのであった。現在の事どものみならず、未来も歴史も見える人なのであった。
 以後啄木は、それらすべてを直視しようとするであろう。直視したすべてを総合する天才は生まれ持っている。だが、残り人生はわずかに二年半。
 10月10日盛岡高等小学校時代の恩師・現在岩手日報客員の新渡戸仙岳宛に啄木は手紙を書いた。この手紙は岩手日報に掲載させてもらった「百回通信」の稿料振り込みへのお礼からはじまっていて、それから妻家出の事情、家出直後の自分の苦悩を記してゆく。  
以下は先に引いた部分「……殺さんとまで思ひ候ひき。」のつづきである。
  昨夕に至り、先生のお手紙と同便にて返事参り候。病気がなほつたら帰ると言つてまゐり候。
 金田一の手紙と啄木自身の手紙(それに父堀合忠操の説得?)等によって、節子は帰宅
を決心したらしい。この決心は意外に早くなされ、啄木はひと安堵したことであろう。

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