« 石川啄木伝 東京編 325 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 327 »

2015年1月16日 (金)

石川啄木伝 東京編 326

 妻が帰宅した10月26日、伊藤博文暗殺の報が日本に届いた。日本人の受けた衝撃は大変なものだったが、啄木もまた驚愕し痛哭した。そして岩手日報への通信記事「百回通信」の十六、十七、十八を伊藤博文追悼に当てた。
 27日稿第(十六)回の記事。
  十月二十六日、天曇る。午後三時を過ぐる霎時(せふじ)、飛報天外より到りて東京の一隅には時ならぬ驚愕を起したり。……
  噫(ああ)、伊藤公死せり!
  今朝(こんてう)東京の各新聞は殆んど其全紙面を挙げて公が遭難の報を満載したり。而して今や遂に何の疑ふべきなし。何等の不幸ぞや。公は二十六日午前九時哈爾賓(はるびん)ステーシヨンに着し、車を下りて出迎の諸人と歓を交はしつゝある間に突如として韓国革命党青年の襲ふ所となり、腹部に二発の短銃丸を受け、後半時間にして車室の一隅に眠れる也。偉大なる政治家偉大なる心臓――六十有九年の間、寸時の暇もなく、新日本の経営と東洋の平和の為に勇ましき鼓動を続け来りたる偉大なる心臓は、今や忽然(こつぜん)として、異域の初雪の朝、其活動を永遠に止めたり。
 日本人と啄木の受けた衝撃の大きさ、激しさ、深さが伝わってくる。

« 石川啄木伝 東京編 325 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 327 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533861/60945429

この記事へのトラックバック一覧です: 石川啄木伝 東京編 326:

« 石川啄木伝 東京編 325 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 327 »