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2015年4月21日 (火)

石川啄木伝 東京編 333

 11月6日「百回通信」(二十)を執筆。
 永井荷風の「新帰朝者の日記」に見られる「欧米心酔思想」とそこからする当代日本文明批判に痛罵を浴びせたのちこう言う。国を「真に愛する能はずんば去るべきのみ。真面目に思想する者にとりては実に死活の問題たり。既に去る能はずんば、よろしく先づ其国を改善すべし。然り而して一国国民生活の改善は、実に自己自身の生活改善に初まらざるべからず」と。荷風の「所謂非愛国的傾向」を批判する中で啄木は「修身斉家治国平天下」的発想に依って、個人の生活改善と「一国国民生活の改善」とを統一的に考えようとする。
 この時点の啄木には「回心」を根柢から支えるべき思想がない。思想家石川啄木はそれを模索している。
 八日に出した金田一宛絵はがき(荻原守衛の「労働者」)は啄木が一人の思想家を見出したことを知らせる。
  いくら見ても飽きぬは此男のツラに候。田中氏の具象理想論に感服したる小生はかういふツラを見て一方に英気を養はねばならず候。
 「田中氏」は王堂田中喜一。五月、かれの「近世文壇に於ける評論の価値」を読んで啄木が評論の価値に目覚め「胃弱通信」を書いたことはすでに見た。今書いている「百回通信」もその延長線上にある。

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