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2015年4月29日 (水)

石川啄木伝 東京編 341

 ここでは重要な2編をとりあげる。「無題(秋の夕べの重くるしさ……)」と「無題(屋根又屋根……)」である。「詩稿」(したがって『石川啄木全集』第二巻)ではこの順であるが、制作順は逆であると思われる(要函館で調査)。白秋詩の影響が明白・濃厚なのは後者であり、のちにつくられる「心の姿の研究」に直接するのは前者であるから。
    
  無 題
  
 屋根又屋根、眼界のとゞく限りを
 すき間もなく埋めた屋根!
 円い屋根、高い屋根、おしつぶされたやうな屋根、
 おしつぶされつして、或ものは地にしがみつき、
 或は空にぬき出ようとしてゐる屋根!
 その上に忠実な教師の目のやうに、
 秋の光がほかほかと照りわたつてゐる。

 とらへやうもない、
 然し乍ら魂の礎石までゆるがすやうな
 あゝ、あの都会のとゞろき……

 初めてこの都会に来て此景色を眺め
 この物音をきいた時、
 弱い田舎者の心はおびえた――
 広さ、にではない、高さに、ではない、又
 其処にいとなまるゝ文明の尊さにでもない、
 あのはかりがたい物音の底の底の――
 都会の底のふかさに。

 今また此処に来て此景色を眺め、
 そしてこの物音をきいて、
 よわく、新らしい都会の帰化人の心はおびえる――
 獅子かひが獅子の眠りに見入つた時の心もて、――
 あのとらへがたき物音の底の底の――
 入れども入れどもはかりがたき都会の底のふかさに。
 
 すべての生徒の欲望をひとしなみにみる
 忠実なる我が教師よ、
 そなたはそなたの欲望と生徒の欲望を
 またひとしなみに見るか?

 花は精液の香をはなちて散り、
 人は精力の汗を流して死ぬ。
 それらは花と人との欲望のすべてか。
 教師よ、そなたの愛は、――
 雨とふり日とそゝぐそなたの愛は、
 人の………

 見よ、数へきれぬ煙突!
 その下には死なうとする努力と死ぬまいとする欲望と……
 あゝあの騒然たる物音! 
 人間は住居の上に屋根を作つた。
 その上に日が照る。
 屋根は人間の最上の智慧 !!
 又反抗、又運命である。
 そして
 その上に日が照る。

 あゝ、我は帰らうか? はた帰るまいか?
 あの屋根! 眼界のとゞく限りを
 すき間もなく埋めた屋根の下へ。

 7つの連からなる未完の口語自由詩である。山本健吉はこの詩をめぐってこう評価する。「推敲も不十分だし、表現の完璧性からはほど遠いが、彼が口語自由詩の気息を、すでに自家薬籠中のものにしてしまっていることを、これは物語っている」と 。
 山本の注釈を参考にしつつ、この未完の難解な詩を解釈してみよう。
 「屋上庭園」の白秋詩「東京景物詩『瞰望』『露台』」のうちの「瞰望」を意識しての作であることは明らかなので、参考までにその一部を引こう。
    
  瞰 望   
  
 わが瞰望は
 ありとあらゆる悲愁
(かなしみ)の外に立ちて、
 東京の午後四時過ぎの日光と色と音とを怖れたり。
 
 七月の白き真昼
 空気の汚穢(けがれ)うち見るからにあさましく、
 いと低き瓦の屋根の一円は卑怯に鈍く黄ばみたれ、
 あかあかと屋上園に花置くは雑貨の店か、
 (新嘉坡の土の香は莫大小
(メリヤス)の香とうち咽ぶ。)
 また、青ざめし羽目板の安料理屋の窓の内、
 ただ力なく、女は頸
(うなじ)かたむけて髪梳る。
 (私生児の泣く声は野菜とハムにかき消さる。)
 洗濯屋
(せんだくや)の下女はしび時に物干の段をのぼり了り、
 男のにほひ忍びつつ、いろいろのシヤツをひろげたり。

 九段下より神田へ出づる大路には
 しきりに急ぐ電車をば四十女の酔人(よひどれ)の来て止めたり。
 斜かひに光しは童貞の帽子の角か。
 ……

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