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2015年5月 2日 (土)

石川啄木伝 東京編 344

 啄木は自分のこの詩を源にして「事ありげな春の夕暮」「柳の葉」「騎馬の巡査」を生み出して行く 。
 見てきた無題の2編は(1編は未完ではあるが)、口語自由詩人石川啄木の誕生を示す指標である。これらの試作を経て、詩論「弓町より」が書かれることになる。
 さて、啄木の王堂受容の様を見ておこう。(詩作に摂取した場合はいま見た。)
 王堂が本格的に啄木の論調に現れるのは11月25日朝脱稿の「きれぎれに心に浮んだ感じと回想」である(「スバル」12月号所載)。
 前掲「文芸に於ける具体理想主義」および「具体理想主義は如何に現代の道徳を理解するか」から王堂の言わんとするところ、啄木にヒットしたらしき箇所を要約摘記しよう(王堂の長広舌の引用はこのやり方を用いるしかない。傍点は引用者)。
 「人間の終極の目的は欲望の実現又は満足にある……」(「文芸」)「然しながら、人間は無限に彼の欲望を満足せしむる無限の力を持たないのであるから、すべての欲望を箇々の要求通りに満足せしむることは出来ない。若し強ひてそれを満足させやうとするならば、生活の破壊を来たすから、人間は統一あり幸福ある生活を持続する為めには、……同時に起る欲望或は前後に起る欲望を整頓することが必要になる。……(具体理想主義の)理想とは即ち斯く欲望を整斉し行く方針のことである。」(「道徳」)→生活の統一
 「……下等動物にあつては単一なるものであつた欲望が、人間にあつては忽ち統一する側面と、統一さるゝ側面との二つを表はして来る。統一する側面は吾人が常に理想を呼ぶ所のものであつて、統一さるゝ側面は肉欲と呼ぶ所のものである。人間の生活はある方法に於て、必ず此の両側面の協同さるゝのを俟つて初めて継続し、且つ発展するものであ」る。(「文芸」)→生活の統一
 天才主義時代のかれの8年間を田中理論で総括するとこうなるであろう。
 この8年間の「理想」は天才主義であった。「欲望・肉欲」にあたるのは自己の天才の実現であった。8年間は天才主義の破綻と自己実現の不可能と「生活の破壊を来た」した。
 今の啄木の「理想」は家族の「幸福ある生活を持続する」ことである。「欲望・肉欲」にあたるのは「文学中心の生活」(あの節子に批判し抜かれた)である。
 「此の両側面の協同さるゝ」ことを今の啄木は「生活の統一」と呼ぶ(後述)。

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