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2015年5月 7日 (木)

石川啄木伝 東京編 349

 以上見てきたこの詩論は文学論の側面も持つ。この意味では詩のみならず小説、戯曲にまで応用の出来るものと啄木は考えている。短歌への応用は当然考えていよう。四ヵ月後の啄木調短歌創出の理論的準備にもなっている。
 さて、「弓町より」のいたるところでも、これから書くであろう評論等にも、田中王堂の影響が随所に認められる。10年(明43)2月まで影響はつづく。この王堂と啄木の関係について一言しておきたい 。
 夏目漱石の「田中王堂氏の『書斎より街頭へ』」から引こう。『書斎より街頭へ』は一九一一年五月に広文堂書店から出た大冊である。そのうちの「近世文壇に於ける評論の価値」「生活の価値、生活の意義」は初出で啄木が読んだことは確実であり 、長大な「夏目漱石氏の『文芸の哲学的基礎』を評す(上編・下編)」も「明星」08年(明41)2、3月号に連載されたから、読んでいるであろう。漱石は評する。
  惜しいかな王堂氏は十字街頭に立つて汝等斯くすべし、斯くすべからずと積極的に呼号し得る底の特殊なる何物をも把持して居らぬやに見受けられる。……余と雖も王堂氏が積極的の見解に富んで居られる事は疑はない。……たゞ積極的の見解を山程積み重ねても、吾々の現代生活中に原動力を与ふる積極的の方針とも活作用とも変ずる術のないのを悲しむのである。氏の論文の間口の非常に広大なのに驚いて、這入つて見ると、存外奥行が詰つてゐる感じがしたり、又は全く吹き抜けで何処で建物が尽きてゐるのか分らない気持がするのは、要するに是が為だらうと思ふ。
 漱石の評は肯綮に中っている。
 王堂の論は空疎である。日本の現実と切り結ぶ気配さえもない。このような人の論に啄木はなぜ私淑したのか。思想的解体期の足場作りに必要だったのである。節子の信賴をとりもどしうる生活の再建。これこそが緊要の課題であった。口舌ではなく実行がすべての時期であった。この時期を導く思想として王堂のプラグマティズムがあった。ただし、「百回通信」であれ「きれぎれに心に浮んだ感じと回想」であれ「弓町より」であれ、摂取は啄木の器量に応じてなされた。どれも執筆の瞬間に王堂をはるかに超えているのである。

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