« 石川啄木伝 東京編 349 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 351 »

2015年5月 8日 (金)

石川啄木伝 東京編 350

 さて、啄木は自己の詩論に基づく実作として五編の口語自由詩を、「心の姿の研究」という総題で東京毎日新聞(12月12日~20日)に発表する。
 「心の姿」とは、「国民生活の中で刻々に変化する「心持」(=心に感ずるところ)・「感情」を指していよう。
 「研究」とはある時ある局面の自己の「心持」・「感情」を考究し、詩の言葉に組み立て、詩にすることであろう。以下に見て行こう。
東京毎日新聞12月12日。

   心の姿の研究(一)   石川啄木

   夏の街の恐怖

 焼けつくやうな夏の日の下(した)
 おびえてぎらつく軌条
(れーる)の心。
 母親の居眠りの膝から辷
(すべ)り下(お)りて
 肥つた三歳
(みつ)ばかりの男の児が
 ちよこちよこと電車線路へ歩いて行く。

 八百屋の店には萎(な)えた野菜。
 病院の窓の窓掛
(まどかけ)は垂れて動かず。
 閉(とざ)された幼稚園の鉄の門の下には
 耳の長い白犬が寝そべり、    
 すべて、限りもない明るさの中に
 どこともなく、芥子
(けし)の花が死落(しにお)
 生木の棺に裂罅
(ひび)の入る夏の空気のなやましさ。

 病身の氷屋の女房が岡持(おかもち)を持ち、
 骨折れた蝙蝠傘をさしかけて門
(かど)を出(いづ)れば、
 横町の下宿から出て進み来る、
 夏の恐怖に物も言はぬ脚気患者の葬
(はうむ)りの列。
 それを見て辻の巡査は出かゝつた欠伸
(あくび)噛みしめ、
 白犬は思ふさまのびをして
 塵溜
(ごみため)の蔭に行く。 

 焼けつくやうな夏の日の下に
 おびえてぎらつく軌条
(れーる)の心。
 母親の居眠りの膝から辷
(すべ)り下(お)りて
 肥つた三歳
(みつ)ばかりの男の児が
 ちよこちよこと電車線路へ歩いて行く。

 七編ばかりの詩を試作し、さらに詩論「弓町より 食(ふべき詩(一)~(七)」を発表した上での「心の姿の研究」シリーズの第一作である。

« 石川啄木伝 東京編 349 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 351 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533861/61549564

この記事へのトラックバック一覧です: 石川啄木伝 東京編 350:

« 石川啄木伝 東京編 349 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 351 »