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2015年5月 9日 (土)

石川啄木伝 東京編 351

 全く同一の二つの連が7行からなる二つの連を挟んでいる。あたかも2本のレールのように。その第1連から読んで行こう。
 小川武敏がつとに指摘したように 、「夏の街の恐怖」は、「屋上庭園」創刊号巻頭を飾った北原白秋「雑草園」の次の詩句に触発されて成ったと思われる。
 あはれ、また、
 知らぬ間に懶
(ものう)きやからはびこりぬ。
 ここにこそ恐怖
(おそれ)はひそめ。かくてただ盲人の親は寝そべり、
 剃刀
(かみそり)持てる白痴児(はくちじ)は匍匐(はらば)ひながら、
 こぼれたる牛乳の上を、毛氈を、近づき来る思あり。
 「懶きやから」とは擬人化したある種の雑草で、それが「知らぬ間に」「はびこ」った。
 「はびこ」った雑草の中に「ひそ」む「恐怖」のイメージこそ「かくてただ盲人の……近づき来る思」という喩なのであろう。
 「盲人の親」が寝そべっていて、剃刀を持った「白痴児(はくちじ)」が這って、こぼれた牛乳の上を越え「毛氈」に寝そべる親に向かう。親は何が起ころうとしているのか、全く気づかない。「剃刀」は親に悲劇をもたらすのか、子供自身にもたらすのか、そこに戦慄すべき「恐怖(おそれ)」が起ち上がる。
 啄木の「夏の街の恐怖」にもどろう。
 第1連。おびえているのは「軌条(れーる)の心」である。炎熱を浴びて「軌条」はそのおびえを「ぎらつく」という仕方でしか表せない。何に「おびえてぎらつく」のか?
 間もなく自分の上に幼児の血が流れ、あどけない生命の失われるであろうことを察しているからである、と詩人は叙しているかに見える。
 第2連に行って見よう。
 焼けつくような夏の日の下、東京中のありとあらゆるものは炎熱におかされ、風は止み、人も犬も活動を停止している。夏の真昼の東京は、「どこともなく、芥子の花が死落ち/生木の棺に裂罅(ひび)の入る夏の空気のなやましさ」の中に沈んでいる。死の気配は、たしかにすでに漂っている。
 第3連。
 その気配の中、出前に行くのは「病身の氷屋の女房」。「骨折れた蝙蝠傘をさしかけて」店先を出ると、葬送の列があらわれる。下肢の倦怠から始まって知覚が麻痺していったであろう脚気患者、炎暑の空気をせわしなく呼吸し、ついには心不全に至ったのであろうその患者、死者を送る列は夏の街の恐怖におしつつまれて進んでくる。いや、夏の街の恐怖そのものが姿をあらわして、往来を歩きはじめたかのようである。脚気は間もなく結核と並んで二大国民病となる。
 第4連。
「軌条」は、第一連とまったく同じに、間もなく自分の上に幼児の血が流れ、あどけない生命の失われるであろうことを察して、「おびえてぎらつ」いている。
 1903年(明36)8月22日、新橋-品川間に東京最初の市街電車が走った。早く、安く、大量に人を運ぶ路面電車はあっという間に人力車をはじめとする旧式の交通機関を圧倒してしまった。
 啄木は電車という近代文明の圧倒的な便利さの裏側に、交通事故の悲惨という「恐怖」を予知したのである。この予知を知らせる詩、は100年の後の日本の、世界の無量のもろもろの交通事故の悲劇の予言になっている。
 同じ「恐怖」でも白秋のそれは、ある種の雑草のはびこりに触発されたイメージの表現でしかない。それは「霊(たましひ)の雑草園」の一情景なのである。もちろんその「恐怖」の形象は鮮烈であり、卓抜であるが。
 生活者詩人啄木は「心の姿」となった「国民生活」の一断片をかく歌い上げた。

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