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2015年5月20日 (水)

石川啄木伝 東京編 360

 啄木は続けて自然主義の運動が益のない論争(「観照と実行」論争)に時を費やし、運動本来の目的を忘れている、と批判する。自然主義は今や解体・衰亡期に入っているのだが、ほんの2、3か月前にようやく自然主義の摂取に成功した啄木にとっては、まだ脈のある運動に見えているらしい。
 だから、12月22日夜には自然主義論を書いて「スバル」に寄稿する。「一年間の回顧」(「スバル」1910年1月号)である。
  自然主義は文学を解放した。少くとも、しようとした。これは近数年間に於ける日本文学上の一大事業である。
 この評価は今日から見ても正しい。しかし
  一度解放された文学の主潮は、然し乍ら色々の理由から、まだ行くべき処まで行かずに、途中で停滞し、弛緩しようとする傾向を作つた。
という。
 自然主義は1906年(明39)から08年前半にかけて、排技巧、形式打破、旧道徳・旧思想・旧習慣への反抗、排理想、現実暴露、幻滅の悲哀、無解決等の標語を掲げて自己を主張し、文壇を席巻する運動となった。これらの標語を額面通りに受け止めるなら、太田正雄が「『太陽』記者長谷川天渓氏に問ふ」で言ったようなことになる。自然主義は「唯文芸上の問題ではなくて、人間活動の全般に亘つた新しい運動を指すものである。……然らば此の主義で観照せられ、批判せらるるものは、単に文芸の問題のみならず、宗教、哲学、倫理及び現今の科学、其他百般の精神活動であらねばならぬ」と 。
 啄木が「最近数年間の自然主義の運動を、明治の日本人が四十年間の生活から編み出した最初の哲学の萌芽」(「弓町より」)と呼ぶのは標語とその展開した運動を額面通りに受け止めているからなのである。

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