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2015年5月22日 (金)

石川啄木伝 東京編 361

 自然主義の標語の奥には「自己告白の要求」「自己凝視の姿勢」があり、それらは啄木が「時代の精神」と呼ぶ個人主義の表現であった。個人主義は約20年間にわたる産業革命とその結果としての日本資本主義の成立がもたらした、前近代的人間関係の個人への分解の産物であった。
 個人主義はまさに「時代の精神」なのである。この精神をもっとも体現しているのは言うまでもなく若い世代である。したがって時代は「世代間の緊張」をはらんでいた 。
 この主潮をいち早くとりこみ、一つの文学運動にまで展開したのが自然主義であった。啄木は自然主義を「文学と現実の生活とを近(ちかづ)ける運動」であると考えたので、「仮令此の運動にたづさわらなかつた如何なる作家と雖も、遂に此運動を惹起したところの時代の精神に司配されずにゐる事は出来なかつた」と評価した。
 これは事実である。鷗外といえど、漱石といえど自然主義運動から深い影響をこうむった。  ジェイ・ルービンが「自然主義革命」と呼ぶ所以である 。
 しかし現実の自然主義は時代受けする標語とはほど遠い内実であった。かれらの言う「現実」・「人生」・「道徳」等々は皮相で卑小であった。自然主義者の多くが「自己凝視」の結果もっとも痛切に「発見」したのは「性欲」の問題であった。それが「自己告白」の重要課題ともなった。07年(明40)9月15日の読売新聞に秀湖生の「肉欲細叙の傾向」などが現れる。「傾者文壇の一部に肉情、衝動の細叙に力を致さんとする現(ママ)著なる傾向あり」と。
 しまいには森鷗外が「ヰタ・セクスアリス」でこう言うまでになった。「金井君は自然派の小説を読む度に、その作中の人物が、行住坐臥造次転沛、何に就けても性欲的描写を伴ふのを見て、人生は果してそんなものであらうかと思ふと同時に」云々。
 08年3月の猟奇殺人事件「出歯亀事件」さえも「自然主義に連絡をつけられる。出歯亀主義という自然主義の別名ができる」(「ヰタ・セクスアリス」)始末である。
 「肉欲」に「自然」を見て、これを描くことに集中して行く傾向に自然主義の内実の「低さ」が象徴的に出ている。

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