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2015年6月 2日 (火)

石川啄木伝 東京編 366

 翌日夜ふたたび「スバル」に寄せるための評論「巻煙草」を書く。まず「四十二年の文壇で最も活動した人」として田山花袋と永井荷風を挙げる。
 花袋の「田舎教師」に対してはこれを極めて高く評価する。しかし「妻」「写真」「罠」に対しては手きびしい批判を浴びせる。
 荷風のこの年は豊穣である。3月『ふらんす物語』を博文館から出して配本前に発売禁止。9月には「歓楽」「監獄署の裏」「牡丹の客」「花より雨に」「狐」「曇天」「深川の唄」「春のおとづれ」「祝杯」の9編を集めた『歓楽』を易風社から出すが4日後の9月24日には発売禁止。そこで荷風は発禁の対象となったとおぼしき「歓楽」「監獄署の裏」およびこれも危ないと見なした「祝杯」を除き、代わりに「中央公論」10月号に載せた「帰朝者の日記」を「新帰朝者の日記」と題して入れて、『荷風集』を同じ易風社から出した(10月21日)。
 さてこの荷風に対してこう評する。
   ……氏の活動が明治四十二年以後に於ける最も注意すべき現象である事と、氏自身、色々の意味から考へて、最も有力なる作家の一人である事とを言ふに止めようと思ふ。
と言い具体的な評価をしない。ただつぎのように言う。
 人は氏の感情を清新だといふ。それは或程度まで事実である。然し私は、氏の感情は清新と言ふよりも放恣であると言つた方がもつと適当のやうに思ふ。
   ……単に感情の清新といふ事だけから言へば、氏よりも水野葉舟氏の方が一層清新であると言ふべき理由がある。少くともあの「隅田川」といふ作の如きは、部分々々には立優つた記述もあつたけれど、全体として作の価値は硯友社一派の往時の作風以上に一歩も踏み出してはゐなかつた。

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