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2020年1月 3日 (金)

石川啄木伝 東京編 1910年(明治43)その3

 1月13日の東京毎日新聞に詩「騎馬の巡査」を載せる。
 このころつまり1月中旬と思しき時期に節子は懐妊している。 
 18日節子は函館の宮崎ふき子に手紙を書く。その一部。
  年末には御心づくしの送り物ありがたくいただきました。
お蔭で京子の物や私のなくてはならない品々買ひました。おく
ればせながら御礼申し上げます。兄さんはどうして居られるでせ
うね――。ふきさんは少しもおんもらし下さらないから、毎日毎
日どうして居らつしやるだらうと思ふて居ります。どうぞ兄さん
に御つたへ下さいませ。一たいにふきさんの手紙はあまりあつさ
りしてただ安否を知らせるぐらゐのものですのね――。兄弟は他
人の初まりと申しますが私たちはさうなりたくないものだと思ひ
ます。ふきさんも何もかくさず聞かして下さいよね――。お願ひ
ですから。
 郁雨ふき子の婚姻届はどうしてかまだ出ていない。その事情の
許で姉に送金してくれたのだ。ふき子にとってはつらく複雑な事
情がありそうだ。夫郁雨の「神経衰弱」はつづいている。郁雨と
姉の関係もうすうす気づいているかも知れない。そのふき子に節
子は「兄さん」のことを知らせよ、知らせないのは「他人の初ま
り」みたいだとまで言う。
 それからわが家の事情を記す。
  父が上京して一家五人、婆さんは相変らず皮肉でいや味たつ
ぷりよ。私は年取つてもあんな婆さんにはなるまいと思ふて居り
ます。父は酒を毎晩ほしがるし、仲々質屋と縁をきる事はむづか
しい様ですよ。何時もピーピーよ。
 啄木は「全時間をあげて……一家の生活を先づ何より先にモツ
ト安易に」しようと働いているのだが、節子はいつもの愚痴をく
りかえす。おまけに一禎の酒の件までが加わる。たしかに一禎の
酒の要求は、当時の勤め人の家計にあってはひどい贅沢である。
金品は無ければいくらでも堪え忍ぶことのできる一禎だが、有り
そうだとなればなんの顧慮もなくせびるのだ。この人の金銭感覚
はさきに記したごとく異常である。 
 1月24日に郁雨ふき子の婚姻届が出され、ようやく正式の夫婦
になった。

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