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2020年1月14日 (火)

石川啄木伝 東京編 1910年(明治43)その12

 小川の言う「性的な主題」は若い人の問題へと展開する。
 谷川の橋の「危なげに丸太を結つた欄干に背を」もたせて、三人
の「老人(としより)」を待つ多吉と松子は微妙な会話を始める。その
橋からS――小学校まではもう「十一二町しかな」い。
 時間は日暮れ近く、場所は人気の無い村はずれ、男も女も満で言
えば21か2。女が赴任して「一月(つき)と経」っていないのだか
ら、ふたりのつきあいはきわめて浅い。その男女の会話として読むと
かなりきわどい。松子は独身だが多吉は妻帯か否か不明である。
しかしセリフの内容からすれば、ただの独身男とは思えない。
 「此処で待つて来なかつたら何(ど)うします?」
 「私は何うでも可くつてよ。」
  ……
「そんなら何時まででも待ちますか?」
「待つても可いけれど‥‥‥」 
「日が暮れても?」
「私何うでも可いわ。先生の可いやうに。」
 恋人同志ではない交際の浅い若い男女の会話にしては、男の探
るような言葉、女の誘いを待つような受け答え。
 多吉は日が暮れて真っ暗になったら山賊が出てきてあなたに襲い
かかるかも知れない、とからかってみるが、女は動じない。そこで
多吉はこう切り出す。
  「それぢや若し‥‥‥若しね。」
  「何が出ても大丈夫よ。」
  「若しね、‥‥‥」
  「ええ。」
  「罷めた。」
  「あら、何故?」
  「何故でも罷めましたよ。」
   多吉は真面目な顔になつた。
  「あら、聞かして頂戴よう。ねえ、先生。」
 多吉がなにかきわどいことを言い出すのを松子はむしろ期待し
ているかのようだ。

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