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2020年1月18日 (土)

石川啄木伝 東京編 1910年(明治43)その15

節子の家出事件は夫に対する批判どころではない。「残された節
子の手紙を見るに、かなり以前から啄木への愛情はほとんど無く
なっているとしか思えないのである。」「最後の上京の時点で節
子の心は大きく郁雨の方へ傾いていたと思うべきだろう。むろん
精神的にだが、節子は夫より郁雨を求めていたのであり、家出事
件後、再び啄木のもとへ帰ってきてからも、その節子の気持に変
化は見られない。」と。そしてこう述べる。
  ……啄木が、こういった妻の気持に気づかなかったとは思え
ない。  
  ……つづめて言えば啄木はこの時、妻の中に見知らぬ<他人>
を発見したのである。
 おそらく、これも小説『道』執筆の隠されたモチーフであったと
思われる。ただ、この妻節子に対する不安と疑惑は、さすがの啄
木も正面から主題として扱うには抵抗があったようで、表面上は
老人と若者のテーマに覆われてしまっている。しかしこの前後には、
妻に対する根深い感情のもつれを暗に示すような断片がいくつか
見られる。『道』の直前書かれた「騎馬の巡査」では、第三連に、

  数ある往来(ゆきヽ)の人の中には
  子供の手を曳(ひ)いた巡査の妻もあり
  実家(さと)へ金借りに行つた帰り途(みち)
  ふと此の馬上の人を見上げて、
  おのが夫の勤労(つとめ)を思ふ。     

と描かれている。常日頃、生活の不如意を嘆いているらしい妻は、
当然実家に借金させるような「夫」を不甲斐なく思っているだろう
が、しかし須田町の街角で忙しく交通整理をしている巡査を見て、
「おのが夫の勤労(つとめ)を思ふ」のである。いうまでもなく、
ここには夫啄木の自責の念が反映しているとともに、「夫の勤労」
をわかってくれという哀しい願いもこめられていよう。たしかに
この時期、啄木は生活再建のためにできる限りの努力はしていた
のである。にもかかわらず妻節子が、一月一八日の手紙にあるよ
うに、情けない、面倒くさい、という心境で夫の願いに冷淡な無
関心を示し続けていたとすれば、啄木のやりきれなさは想像に余
りあるといってよい。最も身近な存在である父のみならず、安心
しきっていた妻の姿から得たこういう衝撃は、人生および人間認
識の深刻な変化を彼にもたらし、たとえば<人間、この不可解な
るもの>への開眼がなされたと思われる。
 詩「騎馬の巡査」は一月一三日の東京毎日新聞に載った。小川の
詩の読みは小説「道」を読み解くうえで貴重な意味を持ってくる(後述)。

 

 

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