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2020年3月30日 (月)

石川啄木伝東京編1910年(明治43)その81

 推定に疑義を残さないために右の会話部分の3ページほ
ど前のつぎの箇所を引く(『全集』③-389)。高橋彦太
郎がいう。
 「……今に女が、私共が夫の飯を食ふのはハウスキイピ
ングの労力に対する当然の報酬ですなんて言ふやうになつ
て見給へ。育児は社会全体の責任で、親の責任ぢや無いと
か、何とか、まだ、まだ色々言はせると言ひさうな事が有
るよ
 蕨村の『無政府主義』は89ページで無政府主義者のこん
な考え方を紹介している。
 何れの所にも中央集権なるものなく、又制度と謂ふもの
を要さぬ。唯各個人の共同団体があるのみである。そして
此共同団体の中に生れた子女は共同団体が養育する。随て
家族団体とも謂ふべきものはあるが、家族と謂ふものは要
さぬ。勿論己れの子女を己れ自から育てたい人は之を育つ
ることを許さぬではないけれども、之れは各人の自由に任
せて置く。育てたくない人は何人でも育てたい人に其養育
をやらせる。其費用は云ふまでもなく共同団体一般の負ふ
所である。
 啄木がこの本で学んだことを小説に用いたことを示す最
初の明らかな証拠部分である。

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