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2020年4月 1日 (水)

石川啄木伝東京編1910年(明治43)その83

 つぎに五六、五七枚目から引こう。高橋がしゃべり、亀
山が合いの手をいれる。
 「僕には実際主義なんて名づくべきものは無い。昔は有つ
たかも知れ無い。これは事実だよ。尤も僕だつて或考へは
有つてるさ。僕はそれを先刻(さつき)結論といつたが、仮に
君の言ひ方に従つて野心と言つても可い。然し其の僕の野
心は、要するに野心といふに足らん野心なんだ。そんなに
金も欲しくないしね。地位や名誉だつてさうだ。そんな者
は有つても無くても同じ者だよ。」
 「世の中を救ふとでも言ふのか?」
 「救ふ? 僕は誇大妄想狂ぢや無いよ。――僕の野心は、
僕が死んで、僕等の子供が死んで、僕等の孫の時代になつ
てそれも大分年を取つた頃に初めて実現される奴なんだよ。
いくら僕等が焦心(あせ)つたつてそれより早くはなりやしな
い。可いかね? そして仮令それが実現されたところで、
僕一個人に取つては何の増減も無いんだ。何の増減も無い!
僕はよくそれを知つてる。だから僕は僕の野心を実現する
為めに何等の手段も方法も採つたことはないんだ。今の話
の体操教師のやうに、自分で機会を作り出して、其の機会
を極力利用するなんてことは、僕にはとても出来ない。出
来るか、出来ないかは別として、従頭(てんで)そんな気も
起つて来ない。起らなくても亦可いんだよ。……」

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