« 石川啄木伝東京編1910年(明治43)その87 | トップページ | 石川啄木伝東京編1910年(明治43)その89 »

2020年4月 6日 (月)

石川啄木伝東京編1910年(明治43)その88

 つづき。「今はもう断念したんか?」と亀山が問うのに
彦太郎は答える。「断念した――と言つて可いか、しない
と言つて可いか。――断念しようにも断念のしようが無い
といふのが、松永君の今の心ぢやないだらうか?」すでに
捕らえられ、死刑が待っている秋水には運動から手を引く
ことはもうできない。もはや手の引きようがないというの
が秋水の「今の心ぢやないだらうか」と読めるであろう。
 本文2行飛ばしてのつづき。
 「此の間ね。」高橋は言ひ続いだ。何とかした拍子に
先生莫迦(ばか)に昂奮しちやつてね、今の其の話を始めた
んだ。話だけなら可いが、結末(しまひ)には男泣きに泣くん
だ。天分のある者は誰しもさうだが、松永君も自分の技術
に就いての修養の足らんことは苦にしなかつたと見えるん
だね、さうして大きい夢を見てゐたんさ。B――の家から破
門された時が一番得意な時代だつたつて言つたよ。それか
ら其の夢が段々毀(こは)れて来たんで、止(よ)せば可いのに第
二の夢を見始めたんだね。作家になる代りに批評家になる
積りだつたさうだ、――それ、社でよく松永君に展覧会の
批評なんか書かしたね。あんなことが何(いづ)れ動機だら
うと思ふがね。――ところが松永君は、いくら考へても自
分には、将来の日本画といふものは何んなもんだか、まる
で見当が附かんと言ふんだ。さう言つて泣くんだ。つまり
批評家に成るにも批評の根底が見附からないと言ふんだね。
焦心(あせ)つちや可かんて僕は言つたんだが、松永君は、
焦心らずにゐられると思ふかなんて無理を言ふんだよ。
それもさうだろうね。――松永君は日本画から出て油画に
行つた人だけに、つまり日本画と油画の中間に彷徨してゐ
るんだね。尤もこれは松永君ばかりぢやない、明治の文明
は皆それなんだが。――」

« 石川啄木伝東京編1910年(明治43)その87 | トップページ | 石川啄木伝東京編1910年(明治43)その89 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 石川啄木伝東京編1910年(明治43)その87 | トップページ | 石川啄木伝東京編1910年(明治43)その89 »

無料ブログはココログ

最近のトラックバック