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2020年4月 2日 (木)

石川啄木伝東京編1910年(明治43)その84

 高橋の言う「野心」は三章の別の箇所では「結論」のほか
理想」「」とも言い換えられているのだった。その「
」の内容は幸德事件発覚直後の執筆であるからすっかり
暈かされているが、会話から推定されるのは社会主義の実
現であろう。それはミリュコーフを読んで、いかに苦難を
ともなう事業であるかをロシアの例で痛感した作者の「
」なのであろう。だからそれは「僕等の孫の時代になつて、
それも大分年を取つた頃に初めて実現される奴な」のであ
る。したがっていまその運動を始めたところで自分「一個
人に取つては何の増減も無い」遠い将来のことなのである。
だから僕は僕の野心を実現する為めに何等の手段も方法
も採つたことはない」のである。こういう文脈で続けられ
るつぎの箇所はきわめて重要である。「今の話の体操教師
のやうに、自分で機会を作り出して、其の機会を極力利用
するなんてことは、僕にはとても出来ない」と言うのであ
る。「今の話の体操教師」とは剣持の郷里の中学校の体育
教師で、校長を失脚させ自分がそのポストにつこうと、生
徒を煽動してストライキをやらせ、くびになった男である。
この男は文脈中においては「野心」実現のために「自分で
機会を作り出して、其の機会を極力利用」しようとする社
会革命家のたとえである。六月上旬の啄木の理解にぴった
り当てはまるそのタイプの人間は今東京監獄で取り調べを
受けている幸徳秋水にほかならない。たとえば6月5日の東
京朝日新聞の(幸德)事件報道記事「無政府党の陰謀」に
つぎのような2箇所がある。「其犯罪は秋水幸徳伝二(ママ)郎、
宮下太吉、……の七名が爆裂弾を製造し過激なる行動を為
さんとせし計画発覚し遂に逮捕されたるものにして」云々。
また「階級打破財産平等を叫び動(やヽ)もすれば今回の如き
陰謀を企て常に其機の乗ずべきを窺ひ居たるなり」と。
こうして啄木はここに「体操教師」の姿をかりて幸徳秋水
の影を登場させたのである。

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