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2020年5月29日 (金)

石川啄木伝東京編1910年(明治43)その139

 『麵麭の略取』「第二章 万人の安楽 其二」の一節である。
今年2月以降の、そして6月以降の啄木の思想的動向を踏
まえ、また1911年(明44)1月9日瀬川あて書簡の「僕は……
将来の社会革命のために思考し準備してゐる男である」を
踏まえるならば「必要」は「社会(的)革命」の「必要」と
読んでまちがいないであろう。そうするとカツコ付き「『明
日』の必要」の意味も明らかとなる。
 啄木は思想的にもテロリストではないし、クロポトキンの
ように「暴力をもて其束縛を破却」すべし、とは考えてい
なかったと思われるが、すでにもっともラディカルな思想
家である。

 「時代閉塞の現状」を書き終えたのは9月上旬である。
 9月8日東京朝日新聞に広告が出る。「来る十五日の紙上
より 朝日歌壇 選者 石川啄木の一欄を設け、投稿を募る
云々と。啄木は選者となるにあたって「窓の内・窓の外」
を書く。未定稿におわる。歌論を書こうとしたと推定され
るが想は熟していなかったらしい。 
 あとで見るように『一握の砂』の編集が終わった直後に最
初の歌論「一利己主義者と友人との対話」が成る。

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