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2020年5月22日 (金)

石川啄木伝東京編1910年(明治43)その133

 啄木の閉塞感覚の形成に示唆をあたえた作品として平岡
敏夫の指摘した 漱石の『それから』そしてこの『平民主義』
の外に以下の二冊を挙げておきたい。
 H.Ibsen : John Gabriel Borkman (W.Archer訳)
 M.Gorky : Three of Them(A. Linden訳)
 このほか「国家」「強権」の概念、それへの反逆・革命の
思想を教えたものとして、特記すべきものに前掲『麵麭の
略取』がある。
 我々青年を囲繞する空気は、今やもう少しも流動しなく
なつた。強権の勢力は普く国内に行亘つてゐる。現代社会
組織は其隅々まで発達してゐる。――さうして其発達が最
早完成に近い程度まで進んでゐる事は、其制度の有する欠
陥の日一日明白になつてゐる事によつて知ることが出来る。
 啄木生誕(1886年)の頃はじまった日本の産業革命は日
露戦後の1907年(明40)ころに完了した。産業革命によっ
て江戸時代を引き継いでいた経済システムは機械制大工業
を中軸とする資本主義的システムに編制がえされた。1907
年以後その結果を基盤に資本主義の全面的展開が始まった。
こうした過程で発生した経済・社会体制の矛盾は日露戦争
を経て激化した。啄木はそれを正確に鋭敏に感知し誌して
いる。漱石が『三四郎』で広田先生に(日本は)「亡びるね
と言わしめ、『それから』で代助に(日本は)「あらゆる方面
にむかつて、奥行きをけずつて、一等国だけの間口を張つち
まつた。……牛と競争をする蛙と同じことで、もう君、腹が裂
けるよ」と言わしめた時代認識と共通する。

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