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2020年5月25日 (月)

石川啄木伝東京編1910年(明治43)その136

 こうして今井泰子の読みが成立しうることになる。
 その線に沿って読むと「自己」にカッコを付しているの
は「主義」と読ませるためとなろう。「如何なる方面に其
『自己』を主張してゐるかは既に読者の知る如くである」は
幸德事件という結果を示唆していることになる。ただし一
般読者は事件が天皇暗殺計画だとはまだ知らないのだから、
内容は読者の知識に任されているが。
 また「実に彼等は、抑へても抑へても抑へきれぬ自己其者
の圧迫に堪へかねて……全く盲目的に突進してゐる」は「所
謂今度の事」(三)で次のように書いたことと対応する。
 「日本の政府が其隷属する所の警察機関のあらゆる可能
力を利用して、過去の間、彼等を監視し、拘束し、啻(ただ)
其主義の宣伝乃至実行を防遏(ぼうあつ)したのみでなく、時
には其生活の方法にまで冷酷なる制限と迫害とを加へたに
拘はらず、彼等の一人と雖も其主義を捨てた者は無かつた。
主義を捨てなかつた許りでなく、却つて其覚悟を堅めて、遂
に今度の様な凶暴なる計画を企て、それを半ばまで遂行す
るに至つた」というくだりと。
 「彼等の入れられてゐる箱の最も板の薄い処、若くは空隙
(現代社会組織の欠陥)」はどうか。「」は閉塞状況にある
現代社会組織」の暗喩である。「彼等」がこのたび「盲目的
に突進し」た対象は天皇であった。このことを念頭に置けば
箱の最も板の薄い処、若くは空隙」とは強権が支配し維持
する「現代社会組織」のうちの攻撃しやすいところ、の意と
なろう。強大な国家権力を攻撃するのは至難であるが、その
頂点は生身の人間であるから、攻撃可能であることを「所謂
今度の事」は証明した。そしてこの場合、天皇は「現代社会組
」及び国家組織の頂点としての天皇であるから、天皇制の
体現者である。今井泰子のいうとおり当該箇所は「天皇制」を
さしている。しかもその天皇制は「現代社会組織の欠陥」で
あるという。この痛烈な批判!

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