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2020年6月27日 (土)

石川啄木伝東京編1910年(明治43)その164

 私はどんなに驚きの眼を瞠(みは)りながらこれらの歌を聞
いたことか。啄木も読んで行くうちにだんだん興に乗つた
のであらう、たうとう『一握の砂』の殆んど全部を朗読して
しまつた。
 啄木の朗読は何らの節もつけぬ、淡々たるもので、もと
より謂ゆる『朗詠』ではない。だが爽かな声、明晰な発音(僅
かに東北の色調を帯びてゐる)適度の――必要にして十分な
だけの――抑揚ある読み方は全く彼の歌と其の内容とにふ
さはしいものであつた。それでよい、いや其れがよいのだと、
私は今でも思つてゐる。 
 丸谷の約45年後の記憶である。当然記憶ちがいがある。
たとえば丸谷がはじめて弓町の啄木宅を訪ねたのは1910年
4月12日であって、「十月初旬」ではない。今回の訪問も
十月初旬」ではなく10月「十六日晩」である。このよ
うな脈絡での時間に関する記憶は変容しやすい。その他の
点でも細部にはいろいろ記憶ちがいがあろう。しかしその
日が「ちやうど啄木が『一握の砂』の原稿を東雲堂に渡し
たといふ日であ」ったこと、それゆえ啄木が「別に原稿の
控へをもつてゐた」こと、「其の原稿は」これこれの特徴を
もっていたこと、それを啄木がこれこれのようすで朗読し
たこと、という記憶は記憶内容が相互に補強しあう関係に
あるのでかなり正確に事実を伝えていると思われる。

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