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2020年7月26日 (日)

石川啄木伝東京編1910年(明治43)その186

 原始の自然を至る所に残す20世紀初めの北海道。「内地」
では食えなくなって、生活のたつきを求め、吹き寄せられ
るようにやってきた人々。誰も誰も必死で生きている人々
である。北海道で漂泊とも言うべき1年間を過ごした啄木が、
北海道という「天の一方」の、函館や小樽や釧路をはじめ
汽車の窓から見た土地、つまり「地の一角」に孜々として
生きる人たち。「忘れがたき人人」とは北海道漂泊時の
光景の裡に立つ此等の人々」なのである。
 意識の歌化のノウハウは3月中旬以来7ヶ月間の作歌に
よってすでに自家薬籠中にある。
 「忘れがたき人人 一」の歌は二つの系統に分類できる。
啄木自身の感じ・心理・行為等がうたわれている歌と、
かの大地で生きる人々や光景がうたわれている歌と。
 前者をⅠ系の歌、後者をⅤ系の歌と呼ぶことにする。
   Ⅰ系の歌の例。
  潮かをる北の浜辺の
  砂山のかの浜薔薇よ
  今年も咲けるや (3行目は作者自身の思いなので、Ⅰ系
 
  函館の青柳町こそかなしけれ
  友の恋歌
  矢ぐるまの花

  殴らむといふに
  殴れとつめよせし
  昔の我のいとほしきかな

  さいはての駅に下り立ち
  雪あかり
  さびしき町にあゆみ入りにき

  こほりたるインクの壜を
  火に翳し
  涙ながれぬともしびの下

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