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2020年7月 9日 (木)

石川啄木伝東京編1910年(明治43)その172

 啄木のいう「あの一枚」は四百字詰原稿用紙1枚の意で
あろうから、わたくしは前者(献辞)の書き換えられる以
前の文章のみが啄木のいう「序文」であると推測する。ち
なみに右の書き換えられた「序文」の全体は四百字詰原
稿用紙の12行に収まる。
 啄木はこういうのである。西村のいうとおり「序文」は
東雲堂にある原稿のままでは「都合=ぐあい」がわるくな
った、なんとかするので「序文」の原稿1枚だけ送り返し
てほしい、と。おそらく「序文」には真一誕生のよろこび
のようなことも記されていたのであろう。しかし真一の死
去によって「都合をかしく」なったのである。そのことを
西村は見本組にそえて遠慮がちに指摘したのであろう。
 さて、30日(日)早朝に啄木はこれを投函したであろう。
当時の郵便制度にうといので、しかとしたことは言えぬが
この日が日曜日であっても即日西村に届いたのではなかろ
うか。西村はさっそく「あの一枚」の「序文」原稿を啄木
に届けたであろう。さらに見本組についての啄木の了承を
得た西村は初校ゲラを作らせ、これに「あの一枚」分をの
ぞく全原稿をそえて啄木に届けたであろう。その日は啄木
の休日11月1日(火)のおそらく後であろう(届けられた
日を11月3日としておこう)。

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