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2020年7月19日 (日)

石川啄木伝東京編1910年(明治43)その181

 鹿野政直の「″天才″の視点から ″生活者″の視点へ
の転回」(「啄木における国家の問題」) をめぐってわたくし
はかつてこう書いた。 
 それはとりもなおさず「生活」の発見であった。そしてその
「生活」は「国民生活」と有機的に結合した概念で あった。
自然派や耽美派のような私的個人的生活への埋没などは論
外だった。
 「生活」の発見は、世の中に無数にいる「生活者」の発見で
もあった。世の中の「生活者」は孜々として働き、金を得、
自らと家族をやしなっているではないか。天才主義の啄木に
とって世の中の人々は「教化」の対象であった。自分を
「生活者」と規定するやいなや、世の中の無数の「生活者」
が自分と同じ立場の人間たちとして立ち現れた。「生活者」
の発見は「民衆」の発見でもあった。この啄木の歌について鹿野政直はこう述べる(前掲「啄木における国家の問題」)。  

 かれの短歌にふくまれている怒りと悲しみの総量をみよ。
そうして日本の民衆の心では、怒りはつねに悲しみと併存
していた。
 歌=生活という岩盤をほりあてたとき、啄木はもはやい
かなる錯誤からも解放された。自己と国家をみつめる目は、
『一握の砂』『悲しき玩具』のすべての作品をつうじてさ
えわたっている。

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