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2020年7月 3日 (金)

石川啄木伝東京編1910年(明治43)その168

 表紙画同封いたし候、これは木版でも石版でもよろしく、
色の校正刷は必ず一応名取氏(南品川海妟寺前)へお廻し
被下度候
 背は貼りつけるよりも表紙の紙へ黒で印刷した方よから
んとの名取氏の意見に候、
 二号ゴシック一握の砂 4号石川啄木著
と下の方をあけて印刷させ被下度候 
 それから序文及び本文終りの方再校至急送る様活版所へ
電話おかけ被下度、その校正と共に順序送るべく候、                                 
                  石川啄木
   西村兄 侍史

 尚薮野椋十氏の序文は変更又は除くかも知れず、今夜逢
ふ筈になり居り候
 文中に「序文及び本文終りの方再校至急送る様」云々と
ある。したがってこの手紙の時点は「序文及び本文終りの
」の原稿ができて、初校ゲラが出て、その初校の校正は
終わっているが、まだ再校ゲラは出ていない段階というこ
とになる。以下に10月29日付書簡からこの書簡までの間に
何があり得たかその経緯をさぐってみよう。まず29日の書
簡から見てゆく。
 従来の研究ではこの書簡中の「見本組」は校正刷り(初校)
と理解されてきた。それは郁雨あて書簡の先のくだり、そし
て『一握の砂』の献辞のつぎのようなくだりなどとも関係
している。
また一本をとりて亡児真一に手向く。この集の稿本を書
肆の手に渡したるは汝の生れたる朝なりき。この集の稿料
は汝の薬餌となりたり。而してこの集の見本刷を予の閲し
たるは汝の火葬の夜なりき。」ここにはたしかに「見本刷」
とある。

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