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2020年8月 3日 (月)

石川啄木伝東京編1910年(明治43)その193

 1908年(明41)6月下旬の歌の奔流の時、「自然体の歌」
(頬に伝ふ、君が名を、などが)……偶然的にできた(三枝
昻之)のであった。さらに終わり近くで父母妻子を詠んだ時、
歌は真実の心の姿をも率直に詠むことの出来る詩形である
ことも知った。こうして「複雑なる近代的情緒の瞬間的刹
那的の影を歌ふに最も適当なる一詩形」であるとの認識も
得たのであった 。父母妻子の歌は意識・記憶の退行に伴って
できたのであったが、それは当時唯一の逃避先への退行で
もあった。
 さらにこの年8月8日~9月中旬の啄木は、生活の現実
(下宿追放の危機、無収入、家族への送金義務、小説が書け
ぬ不安等。そして金田一の助けもあったが)に追い詰められ、
歌に逃げ込んだのであった。逃避先は、幼児期・故郷の回想
であり、古典であった。万葉集・蕪村句集・唐詩選さらには
古今集・源氏物語・白楽天詩集・宋元明詩選等、そしてすでに
血肉化していた西行であった。

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