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2020年8月 7日 (金)

石川啄木伝東京編1910年(明治43)その197

 「歌の調子」というとき啄木は、いわゆる上の句、下の句
の間に多少の小休止をおく七五調が「」から短歌の支配
的な調子となっていたと言う。七五調は別の表現をすれば、
五七五/七七という二行歌だというのである。おそらく
五七調の歌は五七/五七七という二行歌と認識されていた
のであろう。
 それが明治になって、活字印刷の導入により一行書き表
記となった。しかし歌の内部では相変わらず七五調が支配
している(副次的には五七調が)。
 啄木は三行書きによってこうした「現在の歌の調子
短歌在来の格調」を破壊しようとする。「三」行で書く
と言うことは「二」行で書く調子(つまり五七五/七七と
五七/五七七)を全て壊してしまう(無くしてしまう)こ
とを意味する。
 なぜなら、啄木にとって一行目と二行目の行末は小休止
を意味するのだから。たとえば
  砂山の砂に腹這ひ
  初恋の
  いたみを遠く思ひ出づる日
は「腹這ひ」で切り、「初恋の」で切るのあるから、決して
七五調または五七調でつまり二行で、読むことは出来ない
のである。五七/五/七七と読め、これが読者に対する
啄木の要求である。
 こうして「現在の歌の調子」「短歌在来の格調」の「破壊」は
同時に新しい調子の「創造」でもある。

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